Monday, November 12, 2012

長唄

  SENDAI
広瀬川千尋八尋の懐中(ふところ)に抱(だ)かれ涅槃のオヽ長枕
うなそこの板にいろはにほの字を切って民の暮らしのちりぬるをコレ
生田川夢に水無瀬の彼岸花覚めては袖に沖つ白波
浜つ風寄る辺渚に立ち出でてここは須磨の浦霞立たんせ
長良川浮かぶ戸板に身を乗せて犬や往なずやともに浮き世に
日の出ずる国日本のひむかしにそこひの動く谷あるとかや
須磨の浦つれなき松は国分町いつか小松と蝶々夫人
ときどきの花のいのちの三笠山焼くはろうそく線香 召せや
春の猫に後れて三三が九か月君に近江になれぬよ砧
百年を積めど詮無き石垣の名のみの島へ いざ見にごんせ
わが土地に心おく山鳥辺山常ならざれど腹立てしゃんす
長き世の遠の眠りを眠られぬ地震(ない)を怖がる子のいじらしや
歌わんや稽古重ねて名取川波に押されて青葉城エヽ
やてかんせ津波バブルじゃほうらんせ神のお庭の清めささらじゃ
白白と裾の紫色あせて又赤き雲海にたなびく

  FUKUSHIMA
さてもさても伊達な風俗エレキテル小気味良い良い壊れっぷりの
ガバナーは千早振りにし昔より民にゃ片刃のトップダウンさ
まつりごと抑々(そもそも)彼らは放蕩の大金玉を広げるがまま
‎「いとあはれ今β線の野に出でて民草伏すはわが科ならず」‎
チェレンコフ光これはたまらぬこりゃどうじゃ忍びてみても水に流れぬ
八雲立つ出雲八重垣妻籠に隠すデータは空から見よや
レディオレディオと尾を振り立てる民よりも鳴かぬ現場がソレ身を溶かす
春まだき早緑(さみどり)におう双葉町触らば散らん孫も曾孫も
テプコさん情けもあらば英文をちょっと正しく訳して紅葉
恋猫のねこのこねこの顔を見ず道を急ぐとやら しょんがいな
ウクライナ昔を今に写し絵の及ばぬ筆のにじむ しょんかえ
安達太良に吹くは不毛の役所風松の緑の浮世 ヨイヤサ
百三十七の重さのセシウムは幾代重ねてや千代見草
いつまでも必ずここに猪苗代いとし姫小松 しやほんにえ
岩走る石巻より魚の尾の青う会いたい相生の松

参考歌詞(順不同)
‎「新曲浦島」「喜撰」「手習子」「浜松風」「天下るの傾城」「京の四季」「臥猫」「宝船」「たぬき」‎‎「鷺娘」「廓丹前」「白酒売り」「蜘蛛拍子枚」「水仙丹前」「伊勢参宮」‎

初出:詩誌「GANYMEDE」vol.53 片野喜代美の名で発表したものに加筆。

虫姫三態

虫姫三態
沼谷香澄

爬虫
弾くほどに弦ゆるみゆく三味線の猫の昼寝と蜥蜴虫姫
役人とお天道様にゃ敵わない来よし住吉虫姫の庭
カラフルに素っ頓狂な縞柄のまだいとけなき虫姫の夏
赤楝蛇(やまかがし)より恐ろしのはだら虫姫は青大将の跡継
わが庭の八百万なる虫姫の目に触るる昼音に聞く夜
虫姫を自ら抱いて育てんと箱に囲うな儚き桜
幼きにまず触れてみんおよづける虫姫あなや我物ならず
木造の板壁の姫すべらかの守宮虫姫疾く陰に入れ
フィギュアなら見交わすことも叶うものを虫姫に好かるるは難しえ
守宮からはじめてみよう夜の目の開かれた目の虫姫の目の

昆虫
崩れゆく翅台風になびかせてかんばせ上ぐる虫姫を見よ
小雀といえば初秋の夜の壁小の字を真似びあそぶ虫姫
花の蜜薫るところにうぐいすの色の虫姫人に知らゆな
秋の野のこころもとなく子虫姫うすき皮して未世(みよ)に残るや
蛹有る枝に蜂あり色くろく翅まだしらぬ虫姫を食う
ちいさきを選びて腕を歩かせる虫姫の脚にアラ掴まれた
虫姫は夫を喰いたしさはされど命惜しかろ蟷螂の牡
初齢のみ毒虫姫にあるという白火取蛾の常ならぬ白
餌として喰わるるために在らぬなり姫角出して鬼になりなん
願わくは白髪花子と呼ばれたし鏡よ鏡われは虫姫

むし
落ちざまに背を土に打ち丸くなる虫姫の腹その白きつや
まいまいのシナモンロール チョコレートひとすじ入りたる姫にあいたい
汚濁対浄化。平巻と闘うも負けを認めて子産みき姫は
毒虫のような色した姫君が南の海に住みにけらしな
Gという昆虫がいて夜の庭にKGB(コウガイビル)という姫がいる
人の目は憚るものにあらぬらし手のひら大の蟇姫と、夫
雨降らす姫を幼きヒトは踏み雨ふらずして噴射をくらう
砂の上砂の中には固きもの鋭きものの多く、姫なし
波に漂う読めない文字の菓子袋同じ顔して生きる虫姫
海月(うみづき)と書きし時点で滋養など希むべからず。姫かく語る


                  初出 詩誌「GANYMEDE」vol.55